高校地歴科教育における地理総合(仮称)必履修化の社会的意義

高校地歴科教育における地理総合(仮称)必履修化の社会的意義-地理空間情報社会における全ての国民にGIS教育を-

NPO法人全国GIS技術研究会理事長   碓井照子                    

                                                

地理総合(仮称)必履修化の社会的意義                                                                                                   

 2015年8月、文部科学省は、次期改定の学習指導要領において地理教育の必修化の方針(新設科目「地理総合」(仮称))を公表した。同年12月の教育課程部会高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チームが公表した地理総合(仮称)の内容案は、GIS、グローバル化、防災、ESD※1で現代的要請に応える課題解決型学習を重視している。※2

 1986年世界史の必履修化に伴い地理と日本史は、必履修科目から外れ選択科目になった。この29年間、学校での地理教員の採用数が徐々に減少し、地理を学びたくても地理を学べない学校数が増加する中、地図/測量、国土に関する学生の興味は減少し続け、地形図を読めない地図に関心のない学生が増加した。一方で地理空間情報技術は飛躍的な進歩を遂げ、今や21世紀のイノベーションを支えるまでに発展している。現実社会と学校教育とのずれはいずれ解消されなければならない。今回の地理総合(仮称)の必履修化は、このことに他ならないといえる。地理総合で最も重視されたのは、地理的技能としての地図力やGIS技能の育成であり、空間的思考力の向上を全ての国民に必要な生きる力としてその必要性を明示した点にある。

 GISは、地理学から発展した技術ではあるが、地理学に限らず、現在はあらゆる学問分野で分析ツールとしてGISを利活用している。学問分野以上に利活用されているのが自治体GISといえる。国・地方自治体の業務の効率化を向上させただけでなく、市民参加という参加型行政のツールとして普及してきた。その経緯は、1994年、クリントン政権時に推進されたNSDI(National Spatial Data Infrastructure:国土空間データ基盤整備)政策推進にある。日本では2007年に制定された地理空間情報活用推進基本法において地理空間情報の定義をはじめ、社会情報基盤としての基盤地図情報の整備と利活用が明示された。しかし、国民の多くは、社会情報インフラとしての基盤地図情報の重要性を認識していない。国・地方自治体職員の中でもその認識は高いとは言えない。GISを活用しなければならないということは、理解できても如何に活用すればよいのか。GISとは、そもそもどのようなものなのか。その基礎的知識が不十分であるため、自治体GISは、担当者が部署を移動すると活用されないケースが非常に多い。全ての国民が、GISの基礎的知識を学び、その活用法、社会情報インフラとしての基盤地図情報の重要性を理解したならば、地理空間情報活用推進基本法の理念が活かされる時代が来ることになる。地理総合(仮称)の必履修化の社会的意義は、此の点においても非常に大きいといえる。

 

NPO法人全国GIS技術研究会のGIS教育支援活動

 今回の地理総合(仮称)必履修化において、日本学術会議の提言の影響は大きい。2007年「現代的課題を切り拓く地理教育」※3では、地理教育は、課題解決型教育であることを示し、2011年の「新しい高校地理・歴史教育の創造-グローバル化に対応した時空間認識の育成-」※4では、地理基礎・歴史基礎の必履修化を提言した。そして2015年「地理教育におけるオープンデータの利活用と地図力/GIS 技能の育成‐地域の 課題を分析し地域づくリに参画する人材育成‐」※5 を提言し、国のオープンデータ戦略に学校教育における人材育成の視点強化、国土地理院地理院地図の学校教育での利活用、オープンデータを学校教育でも利活用しやすいGIS形式での公開促進、産官学が連携してオープンデータを活用して地域の資源を発見し、また地域の課題を解決できる人材育成を支援することなどが提言された。この提言の参考資料には、NPO法人全国GIS技術研究会の関東甲信越東海GIS技術研究会の工業・農業高校でのGIS研修会も掲載された。※6

 

 地理総合(仮称)の必履修化が現実となった今、現場教員のGIS研修などが主要課題となっている。NPO法人全国GIS技術研究会は設立以来人材育成に重点を置いており、學校教育におけるGIS支援活動も増加してきた。特に中四国GIS技術研究会の会員であるJCプランニングの竹平氏が開発した「地図ing」※7を活用したGIS対応地理教材副読本などは注目される。産官学が連携した「山口GIS広場」※8の「地歴学びの場」の活動などが2015年度から始まった。地理院地図の利活用に関しては、地理院地図ネットワーク会議の活動が注目される。日本学術会議地理教育分科会も地理院地図パートナーネットワークの教材グループに参加している。※9国土地理院の地理院地図活用に関するセミナーは、全国6ブロックで、毎年、実施している。今後は、地方自治体関係者だけでなく学校教育関係者を対象としたセミナーの充実に期待したい。

GIS NEXT 2015 Spring(第55号)投稿記事より


※1 ESD:Education  for  Sustainable  Development 持続可能な開発のための教育(環境教育)

※3 2007年では、学術会議の提言は対外報告と呼ばれていたが、その後、改称され提言という用語に統一された。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t42-1.pdfよりダウンロード可能

※6 前掲3),P.26

※7 http://sxwww.jc-planning.co.jp/tizuinghome.htm 地理教育用教材についての問い合わせは、竹平氏(090-7597-4729)まで 

※9 http://itochiriback.seesaa.net/article/416842397.html いとちり先生(伊藤智章氏)のブログ